固形物を食べられないように
DentalSlimというダイエット法をご存じですか?ニュージーランドとイギリスの研究者によって作成された歯科デバイス(装置)を用いた減量法です。このデバイスを装着すると、患者の大臼歯に接着し流動食だけ摂取できるようにできます。ただ、栄養と摂食障害を研究する専門家たちは、この特殊な装置を「信じがたいほど野蛮」「非常に懸念している」(オタゴ大学)などと述べています。

ニュージーランドとイギリスの研究者たちは、歯に取り付けられた磁気デバイスによって人々の顎を2mmしか開かないようにロックして「肥満の蔓延に立ち向かう」と宣言しました。このデバイスの用途は、着用者の食事を液体のみに制限することです。
安全のため、万が一ユーザーがパニック発作や窒息を起こした場合に備えて、デバイスにはロックを解除するための緊急キーがあります。
「非侵襲的かつ可逆的で経済的な外科的処置に代わる魅力的な代替手段です」と、主任研究者はニュースリリースで述べました。「実際、このデバイスは悪影響を起こしません。」
専門家の懸念
ところが、栄養と摂食障害を研究する専門家はこれに同意していません。英国国立摂食障害センターの創設者兼校長であるディアン・ジェイド氏は、この減量法は「暗黒時代への回帰のようなものだ」と語ります。
「とても、とても危険です」と彼女は言います。「特別な減量デバイスを使う、この極端な戦略は、問題が起こったときに適切に対処するために十分な訓練を受けた人間と協力しない限り、健康被害を受けるリスクがあります。」
摂食障害チャリティー・ビートの外務部長であるトム・クイン氏も「この装置については非常に懸念している」との声明を出しています。また、「この戦略はまた、肥満の問題を単純化し、減量のプロセスについてコンプライアンス上の問題や本人の意志、摂食障害を含む可能性のある多くの複雑な要因を無視しています。」と言います。
全米摂食障害協会のコミュニケーション担当アソシエイト・ディレクターであるチェルシー・クローネンゴールド氏は、このデバイスを着用者の大臼歯に接着された装置を「野蛮」だと表現しています。
「人々はこのデバイスから何を学ぶでしょうか?」ボストン大学の栄養学教授であるジョアン・サルゲ・ブレイク氏は尋ねます。ブレイク氏は直感的にこの方法が「肥満を恥じる戦術である」と受け取りました。
この新デバイスの研究では、1980年代に人気だった「顎のワイヤー固定術」と十分に比較検討されました。ワイヤー固定は患者の精神状態がおかしくなったり歯周病を発症させたりするにつれて次第に支持されなくなったという経緯があります。研究者たちは、新デバイスはワイヤー固定術の問題点をいくつか改善したと言います。
ダイエットの結果は?
研究では、7人の肥満女性が2週間デバイスを装着しました。その結果、患者たちは期間内に平均14ポンド(約6.4kg)強、体重の約5.1パーセントを減らしました。しかし、試験終了後2週間で約1.6ポンド体重が増加しました。患者たちのBMI(ボディマス指数)は全員、30を超えていました。
一部の専門家は、BMIが過去に健康対策として注目されたと言います。2009年にNPR(全国公共ラジオ)はこの指標を「科学的に無意味」であると評しました。インデックスを考案した19世紀のベルギー人のケトレー氏も「個人の肥満度を示すために使用することはできず、使用すべきではない」と明示しています。
英国国立摂食障害センターのジェイド氏は「BMIは完璧な測定ではありませんが、現在のところ研究者が用いる指標です」と述べます。クローネンゴールド氏はBMIは健康の指標として使用されるべきではないと話します。
新デバイス研究の患者が摂取できるのは、4杯の飲料と1回のプロテイン・シェイクの形で1日あたり1,200カロリーの液体食に制限されていました。研究では、彼女たちにはお茶やコーヒーなどの低カロリーの液体が許可されていました。
8歳児並みのカロリー摂取量
参考までに、成人に推奨される標準的な1日のカロリー摂取量は2,000カロリーであり、米国農務省によると 8歳児の1日あたりの推奨摂取量は1,200超です。
「もちろん、患者たちは体重を減らしました」とサルゲ・ブレイク氏は言いいます。「何しろ、彼女たちは”食事”をしていなかったのですから…。それより、デバイスをはずしてから何が起こったのかに注目してください。結局、2週間後には体重が増え始めました。」
患者は研究期間中に時折の不快感や一般的な生活の満足度の低下を報告しました。もっとも、定性分析によると患者は試験の結果に満足しており「体重を減らす意欲がある」と判明しました。
肥満は恥?
この満足度について「楽しい生活と引き換えに肥満でいるより、たとえ生活の満足度が下がってもスリムでいることを選ぶわけです。」と、クローネンゴールド氏は話します。「肥満でいることで、不名誉の烙印を押されるからです。」
Twitter炎上
調査の研究者に好意的だった組織の一つ、ニュージーランドのオタゴ大学がデバイスについて触れたツイートはTwitterで広く注目を集めました。
あるツイッター・ユーザーは「今すぐ患者を解放して、このデバイスの関係者たちが治療を受けるべきだ。」とツイートしました。別のユーザーは、この装置を中世の拷問装置になぞらえました。「ディストピア(暗黒世界)だ」と表現した他のユーザーもいました。「滑稽で邪悪だ」「(中世の処刑法のように)内臓をえぐり四つ裂きにすれば痩せるだろう」などとユーザーたちは記しました。
これら何千もの元投稿の引用ツイートを受け取った後、オタゴ大学は翌日にツイッターで声明を発表しました。「このデバイスはあくまでも体重が減るまで手術を受けることができない人々のためのものだ」と大学アカウントから発信しました。
チームの主任研究者は、ニュージーランド・ヘラルドと同様にデバイスを擁護しました。
オタゴ大学健康科学副学長のポール・ブラントン氏は「このデバイスは一般的な減量目的ではなく、あくまでも臨床的に迅速に減量する必要がある特定の場合に使用することを意図している」と述べました。
「(体重を減らすための)最初のステップは非常に難しい場合がありますから」と、彼は記事に記しました。
一方、ブレイク氏は「たとえそうだとしても、減量手術を受けようとしている人々は、手術後まで待たずに、手術前の食事との関係を改善するために努めるべきです」と述べます。
翌日の研究に関するニュースリリースは「ツールがそれらの場合に非常に役立つ可能性がある」と記していましたが、手術を完全に防ぐためにデバイスを使用することについても言及しました。
もし、あなたや家族が摂食障害に苦しんでいるなら、まず全国摂食障害協会にご相談ください。
〔※編集注:この記事は情報提供を目的としたものであり、医学的アドバイスではありません。個別のケースにつきましては医師にご相談ください。〕
引用元
https://www.washingtonpost.com/health/2021/06/29/weight-loss-eating-disorder-dangerous/
監修・まとめ
藤原 邦康
カイロプラクティック・オフィス オレア成城 院長
米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック
一般社団法人日本整顎協会 理事
カリフォルニア州立大学卒業
カリフォルニア州立大学(映画専攻)卒業後、CG映像の制作に携わった後、米国ライフウェスト・カイロプラクティック大学へ転進。2004年 米国ライフウェスト・カイロプラクティック・カレッジ卒業2006年 カイロプラクティック・オフィス「オレア成城」開院。2016年日本整顎協会設立。
顎関節症に苦しむアゴ難民の救済活動に尽力。噛み合わせと瞬発力の観点からJリーガーや五輪選手などプロアスリートのコンディショニングを行なっている。格闘家や芸能人のクライアントも多数。
【メディア取材】
「あさイチ」(NHK)、「とくダネ!」(フジテレビ)、「Tarzan」(マガジンハウス)、「からだにいいこと」(祥伝社)、「日刊SPA!」( 扶桑社)、「おはスタ」(テレビ東京)ほか
【執筆】
サライ(小学館)
「自分で治す!顎関節症」(洋泉社)Amazonベストセラー1位
「体の理を生かすカイロプラクティック」(科学新聞社)